ビジネスプレゼンスを高めよう 〜 タフ&エレガントな存在感の作り方〜

オーガナイズ・コンサルティングオフィシャルブログ。 ビジネスプレゼンスを高める理論をお伝えしていきます。

私のルーツは絹の糸

みなさん、こんにちは。清水久三子です。

先週、父と話した時に、「富岡製糸工場が世界遺産認定されて混んでて大変だよ」という話になりました。実は私の祖母の実家は、富岡で生糸を輸出する会社を経営しており、当時はかなりの土地や蔵を所有し、小作を抱え、富岡の駅から家までは他人の土地をふまずに帰れたそうです。祖母は、自分の父親の東京のお妾さんの家から、女中に風呂敷包みやお琴を持たせて大学やお稽古に通うという「ハイカラさんが通る」のような暮らしぶりだったそうです。

私の実家は洋品店を経営しており、洋服に囲まれて育った私は大学では被服学科に入り、服飾史を学びました。西洋史や平安時代の服飾はそれはもう見ていて飽きることなく、色の名前からスタイルの名前まで全部覚えました。最終学年では、流行情報論というゼミに入ったことで、当時まだ珍しいMacで色々と流行のデータを分析するのも楽しかったものです。

大学卒業時はバブルの最後の時期。当時はまだ勢いのあった総合アパレルメーカーに就職をしましたが、希望した企画部門は今年は新卒の配属はないということで、泣く泣くシステム部門へ。当時はアジア最高峰と言われ見学者が絶えない大規模物流倉庫システムの開発や保守を文句を言いながらやっておりました。

折しも、ITはメインフレームからオープン化の時代へと突入。若手だった私がその新しい技術を習得することを任され、UnixでC言語でバリバリと新システムを開発し、業務改革などをやっておりました。しかし、まだ若かった私は天狗になっていたのでしょう。現場とぶつかるぶつかる・・・。そこで、変革を実現できるようになるにはどうしたらいいのかと、自分なりに色々と調べ、たどり着いたのが、コンサルタントという職業でした。

外資系コンサルタント会社に転職したものの、あまりにもつらくて、すぐに辞めたくなりましたが、気がつけば部門のリーダーを任されたりと、きったはったの経験をしながら15年を過ごしました。

小学生時代は人前で話すこともできないほど内気だった私が、あまり説明しなくてもいいよう資料作成スキルを磨き、どうしても伝えたいことがあるからとプレゼンテーションを学び、自分を信じてもらえるように装いを学んできました。

今、また装いに関する仕事をするとは不思議なものですが、自分のルーツから考えると自然なことなのかもしれません。スタイルがいいわけでも、センスがいいわけでもない私ですが、プレゼンスを向上させるということについては、マイナスからのスタートでたくさんの理論を学んできました。

「伝えたいことがある」そんな思いがある人を助けられる仕事ができて幸せです。授業で指されても恥ずかしくて答えられなかった小学生の私に教えてあげたいです。

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